Dr.コラム

2010年4月 コラム(10)
大頭 信義

 がん患者の在宅緩和ケア ~現状と課題~
「 終末期がん難民をつくらないために 」 

1. 自己紹介
 みなさん、こんにちは
姫路市のだいとう循環器クリニック だいとう と申します。私は、国立姫路病院胸部外科の時代に、心臓の手術とともに、肺がんの手術に携わっていましたが、その頃から終末期医療、緩和ケアの領域でも働いて参りました。 
そして、23年前に開業しまして、在宅療養のためのチームを作って、その当時から24時間対応で、主として在宅でのがん療養の患者と家族を支援して参りました。  また、19年前に、在宅療養を志ざす全国の仲間と一緒に日本ホスピス在宅ケア研究会を立ち上げて、活動して参りました。全国大会も、今年の7月の鳥取大会が第18回を迎えることとなります。

2. がん在宅療養の現状
 まず、最近のがん在宅療養のあらましをお伝えいたしましょう。
我が国も、世界有数の高齢化を迎えて、これからは多くの国民が亡くなり続ける多死の時代を迎えようとしています。 一般的に言われるように、国民の二人に一人がいつかはがんにかかり、死亡率の3分の1をがんが占める時代となってきました。
そのような中で、がん療養を在宅で実現するというテーマも現実味を帯びてきました。
まず、国民の意識の変化があります。 療養に対する自己選択の風潮が強くなって、直らない段階になったのなら、在宅での療養を希望するという考え方が、多くのアンケート結果においても
60%内外を示しています。 
そして、行政からの働きかけがその動きを背中から押そうとしています。 2007年に活動を始めた国立長寿センターを中心とした、在宅療養推進会議では、  その在宅ですべての病気に対する看取り率を13%から5年後の2012年には、20%へと引き上げるべく、全国の在宅支援、推進をめざす諸団体を活性化しながら、在宅療養支援診療所や病院を立ち上げて、診療報酬の体系面から強い働きかけを行って参りました。
その効果もあったのかと推察しますが、がんに限った統計で申しますと、2004年の全国でのがん在宅看取り率は6.4%でしたが、2008年にはなんと、全国平均が8.3%と上昇しました。その第1位は兵庫県で12.3%、第2位は和歌山県11.9%、となっています。  最小の数字は北海道の2.9%ですから、全国的には12.3%と2.9%、大きな格差があるという現状です。

3. かかりつけ病院は消失した。
 さて、個別の療養の状態に目を向けてみましょう。 最近は すべての疾患の療養の形が大きく変わりました。 一言で言うと、「かかりつけ病院は消えてなくなった」と言わざるを得ません。  これまでは、私の家庭では、おじいちゃんもその孫たちも、この町の日赤病院にかかってきた、日赤がうちのかかりつけ病院だという話はよく聞かれました。しかし、現在はこの話は小泉内閣の推進した構造改革の流れの中で壊れてしまいました。  たとえばどなたかが脳卒中で倒れた場合に、救急車で急性期病院で初期治療を強力に行った後、リハビリを中心とした病院に転院します。そこで数週間の療養を行い、その後は状態に応じて、在宅に帰ったり、ざらに療養病床で過ごす場合もあります。  つまり、最初の急性期病院では集中治療で医療の濃度が濃く、次第に右肩下がりに医療は薄くなって、リハビリを中心とした療養の場に移動していくことになります。
この流れを決定的にしているのが、医療報酬制度における「入院基本料」と、入院治療におけるDPC制度です。
今では、国民の中にも浸透してきましたが、病院には3ヶ月しか置いてもらえない、という状況です。これは、「入院基本料」が3ヶ月を経過すると極端に低くなって、病院側は、看護師の給料やベッドのシーツの交換など基本的な費用を確保できないので、転院を遠慮なく言い渡すという事態となりました。また、  DPCという入院時の医療報酬の制度は、2009年6月には、日本の一般病床91万床のうち、52%と過半数を超えました。多くの大きな急性期病床はこの方式で医療報酬が計算されるようになり、ますます、入院日数の短縮化に努力することとなりました。

4. がん難民、再発がん難民、終末期難民
 この結果、がん療養にどのような影響が現れたのでしょうか。 がんにかかった場合、診断の確定・手術といった第1回目の入院は大歓迎されます。  残念ながら再発した場合にも、抗がん剤の治療は熱心に対応してもらえるでしょう。 しかし、 脳転移や腰椎に転移した時の再々入院はしばしば、拒否されてしまいます。  がん療養拠点病院のような急性期病院では、いつ退院できるかわからない進行がんを治療する報酬体系にないからです。 このため、次善の病院への転院を通告されるのが通例です。  「抗がん剤の効き目が切れたときが、縁の切れ目」と言われる所以です。

 数年前まで、「がん難民」をなくそうと言われていましたが、これは「自分にとってどんながん療養がいいのか」病院を探しているというものであり、いまにして思えばいささか贅沢な悩みというべきだったかも知れません。それに対して、「がん再発難民や再々発難民」ははるかに深刻です。  それは、脳転移や腰椎転移による寝たきりの困難は深刻な病態であって、その治療には、放射線の利用といった限られた急性期病院にしかない治療手段が必要であって、次善の病院や療養病床ではとても対応ができないのです。

 ここに、がん療養の一つの特徴があります。つまり、脳卒中などの疾患とは違って、その再発後の経過の中で、脳転移や腰椎転移のような場合には、診断にも高度な専門知識が必要であり、さらにγ-ナイフやその他の放射線療法のような集学的な治療が必要となる。つまり、右肩下がりの医療・療養体系は適切ではないといえるからです。

 病状がさらに進行した終末期がんの状態では、さらに高度な緩和ケアからのアプローチが必須となりましょう。

5.急性期病院から一気に在宅へ
 さて、在宅でのがん療養が注目されていますが、 その一方で、実現の困難性も指摘されてきました。
まず、なんと言っても介護力の低下が著しい。高齢者夫婦の家庭や独居が増えるばかりで、在宅療養での介護力がない。これを補う「社会的な介護力」つまりヘルパーの活動がまだ十分でない。とくに、終末期がんも、最期の2,3週間前までは、自力での歩行が出来る場合が多いなど、「要介護」認定度が低く、ヘルパーによる支援が本格的には入りにくい。認定の更新を申請しても遅れがちとなる。このような中で、今年3月になって行政が終末期がんの認定を特別に早くする旨の通達を出したのは朗報でした。終末期がん患者の病状の変化は急激な場合が多いからです。

6. 患者の意識も転換が必要
 先ほど、「抗がん剤の有効性の切れ目が、縁の切れ目」ということを申しあげました。
抗がん剤が有効な治療でないと判定されると、通常は、急性期病院での治療は不要ですと申し渡されます。 患者側は、これを適切な、重要な指示だと受け止めるのがいいでしょう。何とかしてくれと急性期病院に縋っても、あまり良い治療手段はないと考えるべきです。
かなりの患者や家族は、「見捨てられた」と落ち込みますが、この苦境をなんとか脱出する必要があります。
抗がん剤は、ご存じのように、副作用が強いものが多く、いつかはその利用から離れることとなります。 その時、あなたはどうするのか、どんな療養の道を選べばいいのか。  時間を有効に使って、自分なりの知識を増やしましょう。
再発と判った時点で、自分の足で歩けるうちに、これまでの病院だけでなく、施設ホスピスや在宅医を受診して、どのような状態になったときにホスピス病棟や在宅療養を利用すればいいのかといった基本的な知識を得ておくことは、極めて有用です。  療養を支えてくれる家族と一緒に訪問しておくことをお勧めいたします。
また、治療に行き詰まって道を選ぶことに難渋した場合、最近は、セカンドオピニオンを得るという方式がしばしば話題になります。 必要な時には、遠慮せずに主治医に申し出ても良いという考え方になってきました。しかしそれなりに準備しておかないと、相談することによってまた選択肢が増えるだけで、余計に迷ってしまうということも起きかねません。先ず現在の標準治療がどんなものかの概略を知っておくことが望ましいと思います。最先端の治療というのはまだ経験例が少なく、実験的側面があることも了承が必要です。担当の主治医には言いづらくても、日頃のかかりつけ医には何でも相談できるという人もおられるでしょう。家族の意見もよく聞きながら、最終的には本人の納得と決断が最も重要となってきます。

7. がん在宅療養を支援する力が倍増して欲しい
さて、続いて医療者の側の問題について考えてみましょう。それは、医療の時代的な背景を考えることにもなります。
がん療養には普通、医療者の協力が必要です。 痛みや、消化管通過障害など、医療者とともに、療養生活をさまざまに工夫していく必要があるからです。
ここで問題になるのが、在宅を支えてくれる主治医や看護師のチームが見つかるかどうかということですが、その手がかりの第1は、「在宅療養支援診療所」を探すことです。  この制度は、4年前、2006年の4月にスタートしたものですが、在宅療養を志す診療所が、自分の施設に勤務する看護師や、地域の訪問看護ステーションと協力して、24時間体制で、在宅療養をバックアップするという制度です。そのため、このような診療所には、相当に高い医療報酬が割り当てられるようになっています。  お近くに、熱心な在宅療養支援診療所がある場合には、ぜひ、相談に足を運んでみて下さい。
この在宅療養支援診療所の実情を申しますと、現在日本にはおよそ10万に上る診療所がありますが、日本医師会の調査によると、そのうち2009年7月の段階で在宅療養支援診療所として届け出ている医療機関が11,000余りあって、これは全診療所のうちの12%ということです。しかも、実際に熱心に夜中にも24時間体制で活動している機関は、さらに少なくこのうちの1/4くらいだろうと推測されます。
このように実働医療機関が少ないのは、医療制度上でさまざまに問題があるからです。
アンケートでによる統計では、以下の3点が、常に指摘されています。
(1) 24時間体制は、体力的に過酷であること、 (2) 休暇が取れないという悩み、 (3) 緊急時にすぐに入院を受け入れてくれる後送ベッドが見つかりにくい  この3点です。
これは、実際のところ切実な問題です。 私自身も、いつも在宅患者を40~45件抱え、そのうちがん患者が10~15名という状況ですから、いつもこの課題にぶつかっています。

 これは、どう解決していくのかいう点を考えてみますと、まず二つ目の、往診医が休暇をとりにくいという問題は、比較的に簡単です。  私の住んでいる姫路市でも、最近、在宅医のネットワーク がスタートしました。 困った時や、旅行に出るときは、お互いに支援しあう制度を作ることで、まずは解決出来るようです。
2番目の24時間体制。これは、看護師の強力な支援体制が不可欠です。医師よりも先頭に立って在宅療養を支える中心部隊は看護チームです。このためには、看護師の在宅支援活動とりわけ、夜間の活動に対する評価をうんと上げて、訪問看護のチームを支えてやる体制が必要です。  訪問看護ステーションの足腰が強くなって、患者宅からの電話に先ず答えて、看護師が患者宅へ出向いてみる、つまり、ファーストコール、ファーストビジットをナースがやるようになると、若い開業医も在宅へと向かっていく風潮が作られるでしょう。
第3番目の、緊急時のベッド確保の問題。これは、とりもなおさず、その時代の医療制度とその地方の人口数とベッド数の割合で決まってくることです。  私達が、様々な機会に医療情勢を学びながら、発言を繰り返していくということが大切だ考えています。