Dr.コラム

2013年1月 コラム(19)
2013 初春 大頭 信義

霜柱 俳句は切字 響きけり
石田 波郷 ( 昭和18年)

 「切字(きれじ)」は、ヤ・カナ・ケリ など、句の中で「切れる」働きをする字のことのようだ。

 霜柱の立つ寒気厳しい朝、さまざまに自分の作句について思い巡らせている折に、忽然とひらめいた断定的な文句。自分の想いをこれだと選んで、決然とした引き締まった感慨を述べた様子だ。

 新しい年を迎える。いや、「また新しい年を迎える」というのが淡い実感だろうか。
それとなく過ぎゆく時の流れ。 いつも変わらぬ自然の営みの連続のようであり、しかし、もう少し目を凝らしてみると、過ぎた1年にもこれまでにない
「移ろい」では済まされない、変化と蠢きがあったように思う。

 ひとつ一つの小さな変化を、新たな芽、蠢動と捉えて、育んでいきたい。
いくつかのまとまった行為の軸を設定して、それを常に意識しながら、・・・
そう、何となくでいいから、意識しながら行動を見つめていきたいと切に思う。
自分の行動なのだから、「そう願う」のではなく、「そう決断」したい。

 と言う風に想いを進めてくると、「切字」には、ヤ・カナ・ケリ以外にも、
「・・なのだ」、「(自分は)・・する」、「・・としよう」といった辺りも日常生活の中では、登場してくるだろう。

 新しい年には、さらに映像・写真文化にのめり込んでみたい。画像の中に、自分の想いを撮しとめる。これが、「決定的瞬間」と主張できる作品がつくれるか。また、思考の世界の中でも決断を込めた体系に向かい合えるか。

 「花みずき」が100号に到達しました。200号は無理でも、150近くまでは、辿ってゆきたいと願っています。 よろしく、お願い申し上げます。