Dr.コラム

2016年1月 コラム(26)

雨の脚も 横様になる夕風に
         みの吹かせゆく 野辺の旅人

                        藤原 為子 ( ふじわらの ためこ )  
                                      「玉葉集」 巻八 旅  13世紀

 
 クリスマスも雪のない状態で通過した暖冬異変の日本各地ですが、 年末のニュースが、ようやく北国の雪景色を伝えています。 
例年なら12月の上旬に、一度どか雪がきて、一気に冬の到来に身構えることでしょうにね。

 これまで、二度、雪国の冬を過ごしました。 
  一度は、飛騨高山の日赤で外科医として暮らしました。卒後2年の研修を京都の大学病院で終えて、勇んで飛騨の地を選んだのでした。外科の末端の新米医者でした。心身ともに張り切って居ました。
 家で食事をしていても、救急車のサイレンが聞こえると、急いで病院へ走ったものです。
真冬になって、一晩に60cmもの、どか雪があると、雪かきができていない新雪ですので車を運転することができず、長靴に履き替えて、どっかどっかと、病院まで膝まで埋まりながら、まろびつ転びつ急ぎました。豪雪のころには、いくつかの部落への交通が途絶えて孤立するという状態でした。

  二度目の経験は、米国ユタ州でした。この地は、夏は灼熱、冬はどか雪という激しい変幻の地でした。
  西隣りには、砂漠の州ネバダが拡がっていました。
ここは、賭博公認の州です。その中心は、言わずと知れたラスベガスです。私の住んでいたユタ州ソルトレイクからは、高速で7時間の地でした。ここへも一人で出かけていったこともあり、今考えると「必殺遊び人」の時代の狂気でした。
  ウエンドーバーは、ベガスと同じように賭博の地で、ソルトレイクからは高速で2時間半の州境の村でした。この地へも時折、独りで出かけました。無一文になって、我が家へのハイウエイを空しくドライブを続けます。ある時、降り出した雪空の下で、運悪くタイヤがパンクしてしまったのです。道路の端に駐車して、排気量6000ccのアメリカ車を独りギャッジアップしてタイヤを交換するときの、あのスリリングなこと。真夜中の雪空、手袋をしても指はかじかむ。辺りは、真っ暗闇です。
  やがて、「ウオー」という獣の吠える声が後方でします。いくつかのらんらんとした眼がちらちら揺れ動きます。なんと数頭のコヨーテがこちらの様子をうかがっているのです。もうパンクしたタイヤのまま数キロm必死に逃走して、やや安全そうな高台にたどり着いて、そこでなんとか修理を終えて、必死に逃げ帰りました。 
  あれは、我が人生で最高度に切羽詰まった、息せき切った時間だったなあ。
雪の思い出は、結構苦しいなあ。  
  まあ、晴天のスキーは楽しかったけどね。 むむ・・・ 

平成28年1月
大頭 信義