Dr.コラム

2016年4月 コラム(27)

七十年 生きて気づけば 形なき
                蓄へとして 言葉ありけり

                        山岡 響   「平成百人一首展」

 
 

 この作者は、とても幸せな方だと思う。
確かに、言葉は「形なき蓄え」だと思う。それは、絶えることなく、経験し、学び、工夫を続けていくことによって、少しずつ獲得し、蓄積していくものなのだろう。

 雑多なものは、それなりに心のどこかに、時には身体のいずこかに残されていくかと思われるが、 自分の人生に意味があるかと思われる事柄は、 そんなに次々とは登場して来ないのではないか。
  
 まして、中年期を過ぎ、 自分ながらに、老齢期に突入したかなあ と思うようになる頃には、 さほどしばしばには実感できなくなるのではないか。

「身に沁みる 言葉の蓄え 」 、 なんとか私の心を打ち振るわせ、 ぐっと心の内に蓄え込もうとする 感動を、 生活の中で見いだし、 実感し、 さらなる新たなものを追い求める、そんな時間を実現したいものである。

「 自分なりの 言葉の蓄え 」  、 自分なりの 論理の展開を求めて、 とぼとぼと、 そして 心のうちでは 溌剌と、  歩みを進めたいものです。

 

平成28年4月
大頭 信義