播磨とともに歩むケアと医療を考える会



第26回 播磨・ともに歩むケアと医療を考える会

 平成22年5月22日 イーグレ姫路 あいめっせホールで行われた会には、137名の方々が参加されました。

《報告》
 “あんたに、私の気持ちなんてわからない”“なんで私がこんな目にあうの”
 これらは、いのちの授業の原点となった言葉である。支える側にとって相手と同じ気持ちになれるのか。恐らくなれないだろうし、ならなくてもいい。援助の可能性を見出せる人とは、励ます言葉をかけるのではなく聴いてあげる人である。なぜなら相手にとって一番苦しいのは、無視されることだから。そして、聴き上手になるための実践例として、相手が語る話を反復する方法を学んだ。
 苦しみとは希望と現実の間にギャップがあること。その苦しみから学び、強く生きようとする力となるものは何か。それにはどのようなときに自分の存在意義を感じるか、ということを考えなければならない。
 そこで、人の存在を支えるものとして、将来の夢・支えとなる関係・自分で決める自由、の3点を挙げられていた。また、自分のことを大切な存在と思えるために支える側はどんなことができるのか、を考えた。これはいのちの授業の目標である。何かの役に立っていると感じるときのみならず、何もできない私でも自分のことを大切に思えることができるような援助を考えていきたい。
 もっとも、ホスピスは決してきれいな話だけではない、との現実的な話もあった。
 授業は過去のテレビドラマの名場面や話題曲の歌詞を紹介しながら進められたため、聴講者は具体的なイメージをもつことができただろう。
  最後に、演者の座右の銘は「誰かの支えになろうとする人こそ 一番支えを必要としています」というもの。実際に患者、ご自身の家族、地域緩和ケアチームなどに支えられながら活動されているとのことで、演者のお人柄がよくわかる言葉であった。

会場からは
・ がん患者の女性より、「患者同士電話で近況報告をするなど支え合っている。家族にも言えないことを話している。今日の講演で患者同士支え合うことの必要性を確信した。」
・ 「小澤さんの講演は何度聴いても涙が止まらなくなる。」
といった感想が聞かれた。