患者が主人公

 

『がん患者は家に帰ろう』


◆ 内容紹介:
「まえがき」より
 1983年の頃である。ある国立病院の心臓外科に在職していた私は、心臓の手術以外に前の年から肺がんの外科療法に取り組んでいた。
そのころ、国立病院の居住環境はよくなかった。冬季に暖房は夜9時になるとスイッチが切られた。そのため入院患者にとって夜間のトイレは凍える長い廊下の旅という試練が待ちかまえていた。術後患者はしばしば長時間かけて、こんな恵まれない状況のなかで用を足したものだった。
 こんな原因もあって、手術をうまく乗り切ってICUから個室に移って後、肺炎を発症して残念な経過をたどる患者が何人かいた。廊下やトイレの温度が気になって温度計で測定してみると、瀬戸内地方という比較的に温暖な地域に暮らしていても4℃という低温だった。
 こんなことがあって、術後少し元気になると、冬季の週末には外泊を勧めた。そうすると、月曜日の朝に患者はとてもうれしそうな表情で病院に帰ってくる。私は、自宅でス卜−ブで温度を上げるのは無論のこと、湿度も加湿器でがんがん上げて暮らすように指示していた。
 そして、患者と家族は、家での生活の快適さを強調して、「すぐにでもまた、外泊したい、家にいる方が痰がよく切れる」と言う。そういうわけでどんどん外泊をしてもらい、その結果として肺炎が減少した。
 肺がんは、残念ながら再発が多い難治がんに属する。五年生存率がなかなか20%を越えてこない。手術ができても、再発してまた入院となる進行も多い。咳や痰との戦いである。その当時は自宅の方が(多分、現在でも)、肺にとっては、温度と湿度の双方において優れた環境を提供してくれたものだった。
 こんな経過で、私のがん患者の在宅診療が始まった。国立病院の勤務時間が終了した夕刻から、肺がん患者の往診に出かけた。時には、何人かの若いドクターも手伝って往診に出かけてくれた。「がんの告知」や「病気の説明」の方法やその工夫については、1982年11月の手術第一例より、病棟の全スタッフで検討会をもって、地方学会に次々発表していった。
 しかし、在宅療養の果てに患者が自宅で亡くなった場合には、けっこう難儀したものだ。当時、在宅療養は医療活動としての市民権を得ておらず、ナースには在宅ケアの勤務体制はなく、医長としても一緒に往診に行って欲しいと出動の依頼はできなかった。
 そんな次第で、患者が自宅で死を迎えた時には正直言って困った。夜間には、深夜の1時ころ、国立病院の玄関で待ちかまえていたものだった。ナースの準夜勤務は深夜の0時30分までで、そのあと次の勤務者に申し送りをしてから着替えて家路につく。それを待ち構えていて、顔見知りのナースが玄関から出てきたら、他の病棟のナースでも頼み込んで、患者の家まで一緒に出かけてもらって、冷たくなりかかった遺体の清拭をしてもらったものだった。家族は、専門家による処置をとても喜んでくれた。
 開業してからは、様子が一変した。深夜でもクリニックのナースがすぐに着替えて一緒に往診に出かけてくれるから有り難い。
 今、振り返ってみると、1986年に開業して何年かは、なんとかホスピス病棟を自分で運営できないものかと焦っていた。当時は、「ホスピス活動」こそが、全人的医療のシンボル的な存在として、私の医療活動全体を牽引していたように思う。「兵庫県ホスピスケア研究会」に参加して、関西地域に散在していた心の通い合う医者やナースの仲間と知り合い、やがて「日本ホスピス・在宅ケア研究会」の結成に参画してゆくなかで、自分のライフワークが見えてきた。そのころからゆっくりと日本にも姿を現し始めた施設ホスピスと協力しながら、私自身は「在宅ホスピスケア」を仕事の中心に据えようと決心した。
 時代は移った。医療界は「在宅療養」をテ−マに沸騰している。往診や訪問看護に対する医療保険からの医療機関や福祉施設への財政的な支援は様変わりに潤沢となった。「デイケア」その他のサービスは全国に浸透し、老人医療保険を決定的な赤字に追い込んで覆すまでになり、やがて介護保険を引っぱり出した。
 しかしながら、このような華々しい在宅療養のなかでも、進行したがんを抱えた患者やその家族が、病院での生活に疲れ果て、自分の住み慣れた「在宅」で療養を開始しようとした時、その希望を叶えられる環境は、我が国ではこれまで極めて貧弱であった。望んではみても、近隣にそれに応える医療機関が見つからなくて断念せざるを得ない地域の方がまだ多いだろう。マスコミで在宅ホスピスケアのことが精カ的に語られても、それに呼応する体制は乏しかった。
 でも、状況は進んでいる。全国には、40に近い緩和ケア病棟が正式に活動を開始して、今やがん治療現場の正規軍としてその地位を確立した。また、ミ二ホスピスとして特徴あるケアを展開している施設も多い。この施設ホスピスと、これまでがん治療に決定的な役割を果たしてきた専門医療機関と提携しながら、在宅でのホスピスケアが可能となる条件が整ってきた。
 今、やっと声に出して言える時がやってきた。
 「がん患者は家に帰ろう」

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