だいとう循環器クリニック

花みずき

尊厳と死


姫路市白浜町 石川さん

  6月17日、NHKで安楽死につながる死と生についてのドキュメントが放映されました。世界の国々に、いろいろの考え方の違いがあることを知って大変参考になりましたが、 そのドキュメントの進行するなかで一番気になったのは、しばしば解説に出てくる尊厳という日本の言葉です。
 前々から、読んだり聞いたりする度に、尊厳の本当の意味は一体何だろうといつも首をかしげてきました。

 今日、改めて、尊厳という言葉を広辞苑の辞書で開いてみますと「尊くおごそかで、おかしがたいこと」また、使い方として「人間の尊厳とか、尊厳死」とかが書いてありますが、もう一つピンときません。
 そこで、ドキュメントでは、どんなところに尊厳の言葉が使われているかを拾ってみますと、
 ある患者は「自分で死を選ぶこと、それが私の尊厳です」と言います。
 ある医療者は「尊厳をもって死を迎えるためには残された命をまっとうすることです」と言っています。

 どう考えても、この言葉はややこしい。平たく言えば「立派なこと」と解釈した方がより分かりやすいし、置き換えてみれば更にはっきりします。
 しかし「立派なこと」とは誰から見ても立派なことではなく、自分自身の立場からみて立派なことと理解したいのです。

 引き続きドキュメントは続いていますが、今度は「死」の意味をどう考えるかという問題をとらえようとしています。つまり、私の言葉で言えば立派な死はどうすれば実行でき るかということです。

例えば、
1)苦しんでも、苦しんでも生き続けることが立派な死に方なのか。
2)それとも、自己決定権というものがあるから、次の中からどれを選ベば立派な死に方ができるかということです。
  (1)延命治療をしない尊厳死を選ぶ
  (2)間接的自殺幇助を求める(安楽死)
  (3)積極的安楽死を強要する(安楽死)
 若者でも、老人でも救急車や病院が有る限り、誰もが死を前にしたとき、これら前ニ者の選択をすることはできません。

 ちなみに、前の(1)(2)(3)の項目についてテレビでの説明をしておきます。
(1)尊厳死・・・・・延命治療の拒否は、日本以外に多くの国で認められています。
(2)自殺幇助・・・・末期の患者が医師から処方された薬を、患者自身が好きな時に服用して自殺することが認められることです。この自殺幇助法が成立しているのはアメリカのオレゴン州だけです。
(3)積極的安楽死・・医師が直接患者に薬を投与して命を絶つというものです。現在認められている国はありません。しかし、オランダでは、これを合法化する法案が間もなく可決されそうです。日本では9年前、神奈川県で入院患者に薬物を与え死亡させる事件がありましたが、患者の意志表示が無かったため有罪となりました。以来、安楽死が認められたケースはありません。

 十年前、アメリカでは自己決定が制定されました。そして、病院では患者には「貴方には医療チームの一員として参加する権利があります。そして、これを拒否する権利もありま す」と告げ、また、患者から事前に提出されたリビング・ウィル(生前の意思表示)を医療者は忠実に従わなければならないことになっています。
 こうして、アメリカでは自己決定権法から更に進んで、自殺幇助による自殺論にまで及んできました。そうしたなかで、とうとう六年前、オレゴン州で住民投票にかけられまし た。その結果、賛成が反対を若干上回り自殺幇助法という法律が制定されました。

 こうした世界からの尊厳死や安楽死についての情報は久しぶりです。日本では、尊厳というあいまいな言葉が影響してか、いつまでも、ふんぎりの付かない賛否不明の状態が続 いています。
 立派な死に方とは・・・・大切な(尊い)自分の命ですから、よくよく考えて、それぞれの個人が決めるものです。しかし、一方では厳しく反対する人もいまして、「人生はすばら しいものです、自分で自分の命を絶ってもよいものでしょうか」と静かな池に波風を起こしている国もあります。

 21世紀は、医療技術の発達と共に「立派な死に方」は、世紀の問題となるのは間違いありません。
 文化とか、尊厳とか、いつも口から飛び出す言葉は、実は、その人自身が言葉の意味を十分に感じていない場合が多いと思います。
 今日、私が、尊厳を「立派な」と理解したのは、すばらしい日だったと思っています。 間違っておれば、ごめんなさい。

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