だいとう循環器クリニック

花みずき

告げられて なお 強くいきた妻


伊賀さん

 4月初め頃、妻が身体の不調を訴えるので小山医院へ。
早速、胃カメラを呑んで検査する。結果は食べた物が胃から腸へと消化されずに胃に溜まったままである。小山医師はこれは手に負えずと姫路赤十字病院を紹介。「ひょっとして、胃がんではないか」と不安と心配が頭の中を過ぎる。紹介状を持って恐る恐る姫路赤十字病院へ駆け付ける。精密検査の結果、やはり悪い予感が的中、胃がんと診断される。
 それも相当進んでいる事を知らされる。私にとってこれほど大きなショックはありませ ん。
 何とか治る手立て手法はないのだろうか?困った時の神頼みではないが縋る思いで手を合わせ神仏に祈るばかりである。
 そして1週間後、摘出手術。手術前に主治医よりがん細胞が胃袋だけなら4時間、膵臓に達していたら8時問から10時間、最悪の場合は開腹しても切除せずそのまま縫合しま すと説明を受ける。待合室で待つこと4時間少々、無事手術が終わる。再び主治医より肉 眼で見える悪いところは全部切除しました。但し、リンパ腺に転移している可能性があるので、暫く様子を見ようということでした。もしかして、助かるのでは……微かな希望と 勇気が沸いてくる。このまま再発しないで治ってほしいと祈るのみである。

 入院中、手術後の治療で点滴の中に抗がん剤を投入するので、本人にがんである事を知らせましょうという事でしたが、元気な者ががんと告知され目の前が真っ暗となり大ショック を受けてうろたえるのに、そんな惨いお話は出来ませんと拒否をするが、少々お時間を 頂いてがん細胞が少し見つかった程度の話で言葉を濁し、はっきりと知らせることをしませんでした。そして、抗がん剤を投入する事となり、その影響で微熱と体力の消耗が激しく点滴を拒否するようになり、二度と抗がん剤はいらないと言い出して、困ったことを 言うなと思いましたが、主治医と相談の結果中止する事になる。
 そして2ケ月後に退院。
  1ヶ月程度は順調に回復、体重も増え、本人も家族も喜んでおりましたが、再び痛みを 口にするようになり、エコーで診察の結果、腹膜に転移している様子である。後はモルヒ ネで痛みを押さえるしか方法がないと言われ、それは悪夢でした。暫くは坐薬と飲み薬で処置していただいておりましたが、モルヒネの効用時間がだんだんと短縮され、激痛に苦しむようになり、再び小山医師に相談。

 末期がんで経験の多い大頭医師をご紹介していただきました。大頭医師に診てもらった翌日から痛みがなくなりました。それから大頭医師が来てくださるのを楽しみにしていた様子でした。来ていただく度に身を起こし、嬉しそうにニコニコと小さな手を振って握手する。その時の姿が今も忘れることなく浮かんでまいります。
 大頭医師より私の口から胃がんである、それも腹膜に転移している事を伝えよという酷なお話がありました。がんである事を知らす事によって患者と本音の話が出来、また本当の治療が出来るから、そして本人の為にもということでした。私も子供たちと相談のうえ、心を鬼にして話す事に。
 告知する事によって大変なショックを受けるのではと心配しましたが、私の思いとは逆に、良く言ってくれたと言葉が返ってくる。妻もうすうす感じていたようです。なぜ!!! と聞くと、もうそろそろ治って元気になる頃なのに、いっこうに良くならないからおかしいと思っていたと言う。それから子供たちを集めて―人―人に現在の事から将来にかけて いろいろと話し合っていました。

 大頭医師をはじめ看護婦さんは患者及び家族の気持を良くとらえた対応、行き届いたサービ ス、そして何より安心出来る看護をしていただき感謝で一杯です。妻も僅かな時期ではございましたが、暖かい看護に見守られ充実した最期の人生を送ってくれた事と思います。本当に有り難うございました。
 人が生きていく上で避けて通れないのが出会いと別れでありますが、それにしてもそんなに早く逝かなくても良いのに、なぜ私を置いて一人旅立ってしまったのだろうか。優しく尽くしてくれた良い女房だったのに悲しい思い出に胸がつまります。 休日は家に誰もいなくなって一人ぼっちになった時、妻の遺品や写真が目に入ると元気 だった頃の姿が目に浮かび、ひょいと現れてくるかも知れぬ。そんなやりきれない思いがしてなりません。また、庭に出て植木の手入れなり草引きをしていると、「父さん何処に いるの!!!お茶が入ったから―緒に飲もうよ」と何時も優しい声をかけてくれていた言葉を思い出して、涙が止まらず目頭を押さえることがあります。それから仕事で、また遊びで遅く帰って来たときは、必ず「お帰り、疲れたでしょう」と言ってくれていたあの言葉 が今も耳に残っていて何ともやりきれない寂しさと悲しさを背負い込んでしまうこともしばしばあります。
 生きている限り何時までも忘れる事の出来ない心の痛みでしょうね。

 そして妻が亡くなってから寝る前にお酒を飲むようになりました。それまではそんな習 慣はなかったのですが、寂しさと苦しみを紛らわす為、どうする事も出来ず、自分では良くないと思いつつ、寝酒をしないと眠れなくなってしまった。時には何杯も飲む日があります。まったく悪い飲み方だ。そうでもしないとやってられない気持ちです。現状ではど うにもならないんだから、今暫くは飲むことがやめられません。
 落ち込んだ時、妻がそばにいてくれて、優しい笑顔で「父さん頑張って、何があっても大丈夫よ。しっかりしてよ。」と叱咤激励の声で同時も守ってくれていると思うようにしていますが、何時がくれば心が安らぐのだろうか。いくら思っても仕方がないんだけど、少しは開き直って生きて行こうと思います。そして同じ苦しみを味わっておられる方々も たくさんいらっしゃる事と思いますが、そういう方々との出会いを見つけ話し合って親睦 を深める事が出来れば素晴らしいと思います。

 伊賀さんのお宅にお邪魔しながら、病をもった奥様の優しい心情や、 澄み切ったような明るさに、私達こそが、どんなに励まされたこと でしょう。 重症化してゆくにつれ、ご主人や娘さん、そして奥さん,ご兄妹が かけつけられ、日夜、献身的にケアされました。 ご長男の会計士合格を皆さんが手を取り合って、喜ばれていたご様子 、嘔気に耐える奥様を優しく介護されていた場面など 私達も決して 忘れることができません。

大頭

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