だいとう循環器クリニック

花みずき


家族ぐるみの在宅介護  

姫路市御立 佐藤さん


 私の家族は、4年前脳梗塞で寝たきりとなった、私の母方の祖母を囲み、建って百年 も経とうというあばら家に暮らしている。祖母、両親、兄と私、3匹の猫と2匹の亀。祖母が元気だった頃に挿し木で大きくなった庭木がうっそうと、あぱら家を囲んでいる。
 私は現在、在宅介護に従事し、母を手伝っている。在宅介護は施設等の介護と違って多数のスタッフの目やカや交代も無いからこそ、私は何の資格もない未熟者だが、祖母 とは仲良しだし、若い力や発想が役立つのではないか、そんな単純な発想だった。
 家族に介護の決まった役割分担はない。父も兄も男手としてはもちろん、祖母に配慮 しつつも「これはやらない」という事はない。ただ、それぞれに祖母の介護に関し得意分野があって、おのずとそれぞれに得意分野で力を発揮し合っているという方が適当だ。

 在宅介護は言うまでもなく、サービス業や―時的な孝行ではない。今の私達の日常生活 そのものと言える。介護という枠や、善悪や幸か不幸かという比較や評価に関わらず、厳しい時代を生き抜いた1人の人間が今、波瀾万丈の人生の最終期を迎えている。在宅介護はそんな祖母を見送る私達家族の生活の形だ。
 同情やサービス精神だけで日常生活は成り立たない。常に私達は理想を目指して生きている訳ではないし、理想高き家族サービスを施し、寝たきりになった可哀想な祖母が、ありがたくもそれに甘え、受けているわけではない。
 思い込みが人として当然であるにしろ、介護する家族としては、せめて介護に関わる事を業とする方々には、そんな自分の中の在宅介護に対する知らず知らずの思い込みや先入観に、老人との生活の経験がない方々には特にお仕事の中で一つ一つ気づいて行って頂きたく願う。

 私達は祖母の健康や安全を保持する日常的な手助けをする。お年寄りは自らの現状の正確な把握も難しくなるので、自分の身体や心のように祖母を細やかに観察する眼も持って接する。その生活の積み重ねが、ちょっとした祖母の変化を察知させてくれる事もある。また祖母に合った介護の方法を工夫する際、若く元気だった頃の祖母を知っている事が、私達に素敵なヒントをもたらす。それが様々な場面で大いに役立っている。そしてその発見が私の喜びた。
 私達は介護のプ口ではない。行き届かない事も多く、疲れもしんどさも感じながら暮 らす、在り来たりな家族である。そして介護のプロの方々の助言やおカもなくてはなら ないものだった。かといってプロに引け目や遠慮を感じていては気が重い。プロの方々は仕事の流れの中から祖母を見る。私達は祖母をごく身近に一番よく知っている者として、それを確固たる自信とし、プ口の方達と連携して、お互いにその目線のギャップを良い方に活用して行ければと、そう前向きな姿勢でいる。そんな互いの連携プレーこそが、在宅介護の理想であり、介護に限らない社会福社の理想だと私は思う。

 子供が成長していくのとは逆に、お年寄りは昨日出来ていた事が今日できなくなる。 その「老い」の過程を私は祖母を通じて実際に見た。教訓としての「お年寄りは大切に」 という言葉からだけでは感じ得ようもない。重みのある生命の流れを私は感じた。いくら時代が便利になろうと科学が進歩しようと、その生命の自然な流れに逆らえない。そんな介護をされる側だけでない。
 現在24歳の私も同じなのだ。私の生命や人生も今、確実に流れている。その流れの中で今、祖母の介護に関わっている。生きてきた時代や考え方等の差を超えた、重みの ある生命への共感。それを感じる機会を私に与えてくれた祖母を含む家族に私は心から 感謝したい。

 祖母は、身体が不自由になり、祖母や今は亡き祖母の姉達が愛用してきた裁縫道具や手芸材料を、私の自由にしていい、と言って譲ってくれた。それは大量にあり、道具やハギレは長い間押入れで眠り、風化しかかっていた。糸巻きにかかれた祖母の名前は、若々しい字で書かれている。着物をほどいて縫い合わせたもの、私ならクズかごに入れてしまうような小さな和布のハギレ。あまりにもろくなり、実用性は少ない品々。
 けれど私は譲り受けて嬉しかったし、その品々を捨てられない。その品々が私に何か を語りかけてくれているような気がするからだ。そしてその何かを視線の先にさがしな がら、私は老いた祖母を見ている。そんな何かを私も次の世代に遺せるだろうか。そう 思いながら私は暮らしている。

「永田キクジさんを囲む暖かい目」だけでなく、「何かがちがう」そんなことを思い ながら辞したのは正月明けだった。あれから9ヶ月。おりにふれ、「真希子さんの考 え方や介護への姿勢」に多くを学ばせていただいている。
今回、介護の動機を含め、ご家族の日常をつづっていただき、佐藤家の皆さんの日常 性に福祉や介護保険サービスも色あせてくるおもいもしている。
しかし、佐藤家の日常性と真希子さんのパワーが、介護の社会化、又、今の「社会福 祉」「福祉事業」を変化きせる「キー」になるのだとも思う。
ケアマネジャーとしての資質を問われているとの自省もしきり。
けれど私は今朝も発進、西へ! 南へ! (金)


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