だいとう循環器クリニック

花みずき


新たな想いをもって2002年を迎える 

院長 大頭 信義


 時は、すべてのひとの頭上を同じような早さで流れていくのだろうが、私たちは暦というものを作って時の流れに節目をつける。
 その暦が新しくなって、新年迎えることが出来た。
 爆撃の砲弾にさらされた砂漠の町で、今日の食物を思い煩うひとが居れば、また他方には、ビルの崩れ去った摩天楼の 谷間で、友を失って佇むひとも居る。
 脳梗塞の発作に見舞われたが、緊急入院をして受けた濃厚な治療のおかげで片麻痺が消え去った喜びがあれば、また隣の 病棟では、暴言を吐き続けるアルツハイマー病を介護する家族の苦悩がある。


◇確定した価値観が失われて
 21世紀が始まった途端に、解釈に困難を極める難題が続いて起きてきた。
(1)イスラムのある人々は、なぜそんなにまでアメリカを憎むのだろう。
(2)世界を―つの価値観で染め上げて支配しようとする文化の潮流「グロバリゼーションー地球一体化」に我々日本人もそんなに協カし続けてきたのだろうか。
(3)この「デフレ・スパイラル」とまで表現される構造的な経済不況から、日本は立ち直れるのだろうか。
(4)学級崩壊とまで表現される子どもたちの学びの場に、創造を大切にする風潮が芽吹くのだろうか。
(5)世界一の寿命を誇ることができる世相は、果たしていつまで続くことができるのか。長生きが忌み嫌われる時代は近いのだろうか。
(6)地球が、温暖化やら砂漠化やらで私たちの直近の子孫が押し流される時代が果たしてくるのだろうか。
(7)煮ても焼いても感染性を失わないなどという正体不明のプリオンに媒介される狂牛病は、牛の感染だけで止めることができるのか。
(8)・・・・・・
 こんな、とりとめもない大小・遠近・濃淡さまざまの、そこはかとない疑問や不安は、私たちの脳裏を去来する目茶苦茶な空想の生み出したものと言って捨て去ることができ ない。

 診察室を訪れる多くの人々にとって、もちろん心身のさまざまな異常所見や自覚症状が最大の関心事ではある。しかしながら、毎日少しでもテレビを貝る習慣のある方なら 誰もが、こんな世相に関する疑問点のいくつかを診察室に残して帰っていくのは、まぎれもない事実なのだ。そして診察室のホスト役である私が、これらの問題に明確な回答 を出そうと努力しようとしない時には、「これだから、医者の専門馬鹿は嫌よね」などと遠慮なしに捨てぜりふを残して帰っていく読書マダムも実際に居るのである。私は、 「そんな薄情なことを言わずに、あんたの読んだその本を次の機会にもってきてくれ」などと、あわてて懇願することとなるのだ。


◇混迷の時代にあって
 そうなのだ、誰もが、世の中の事態がうまく説明出来ないのだ。
「やると言ったら実行するんだ」と叫ぶのが得意な「決断症候群」にかかっている政治指導者のもとで、それでも、少しでも「構造改革」が進むかも知れないと漠然とした 期待を抱いている毎日なのだ。
 健康と病気の問題にしてもそうだ。何どなく、不安定な考え方から抜け出せないでいる。
 平均寿命が男も女も世界一だと言うことはそうなんだろうど思う。でも、寝たきりに近い状態で生きているだけならつくづく嫌だと思う。健康寿命というのがあって、まず 元気で、食事もそこそこ自分で作りながら、要するに大体のことでは自立できているという生活でありたい。家族や時には介護保険のお世話になりながらでも、何とか自分の 足で歩きながらの生活でありたいと思う。


◇それでも、病気で自立出来なくなった場合を考えて
 具合が悪くなった場合をいくつか想定しながら準備をしておくことが大切なのだろうなと考える。元気な日常のうちに手を考えておくことだろう。
(1)「病歴カード」を作成しておく。
 待合室でそのサンプルをみて、出来れば自分も作成しておこうと考えながらついつい実現できてないなら思い切ってやってみよう。これまでの自分の健康と病気の歴史を書き出してみる。新し い医療機関へ顔を出すときには、現在服用している薬と一緒に提出する。
 出来れば、「私の希望」の項に、がんになった場合の告知に関する希望や、延命冶療に関する考えを記載しておく。その内容を家族にも伝えておくと余計にいいだろう。

(2)「遺言書」の作成から思いを巡らせて
 遺産があってもなくても、自分の死の前後の諸事を文章に表現して残しておく。 これを毎年見直して、正月に修正するというひとも居る。死に至る時点のことを考えて少しでも整理しておくことは、現在の生活の簡素化にとても役立つと誰かが書いていたっけ。
 果たして自分はどんな病気で死ぬのだろうか。こう考えながらそれとなく対策らしきものも考えてみる。
 がんになりそうなら、さて毎年検診をせっせと受ければいいのか、それともそんなことをしても駄目だろうと考えるのか、とにかくそれなりに結論じみたものを出してみる。その上で、自分が有効だろうと思う対策を考察するということになろう。
 自分は、脳梗塞が命とりになるかなと考えたなら、たとえば血液が固まりにくくなる薬剤を思い切って飲み始めてみる。あるいは、動脈硬化を測定する検査や頸動脈エコーの検査をやってみてそれを参考にしてみるかな。
 私(だいとう)の場合には、高血圧や高脂血症や糖尿病やらそろっていてふつうの人より早く動脈硬化になるだううから、63才になったら抗血小板剤(アスピリンなど)を飲み始めようと心に決めている。
 でも、痴呆症にはどう対処しようか。同じ事を繰り返す毎日があまりよろしくないようだから、少しでも変化に富んだ、感激の多い、心が揺れ動く事を沢山やる。人の世話もストレスになるからと言って避けずに引き受けるように努める。パソコンやら 少しボランティア活動もかじってハラハラする時間を作っていくようにするのがいいのだろうか。


◇思い切って、「自分史」を作ってみようか
 自分で好きな本を書いて、自費出版するという作業はどうだろう。自分の人生って、いろんな苦労がいっぱいあったように思うけど、整理して書き出してみるとなんだか懐かしいことや、まあ楽しかったと今にして思えることも沢山でてきて、まんざらでないような気分にもなろうか。とはいっ てもこれから先が、10年や20年かと考えると、もう少しのことしか出来ないようにも思うし、なんだか焦りもでてくる。
 また、こんなことも思う。 自分の人生は、あまりきちんと出来上がったものにはなりそうもない。うまく完成して見上げることができるなんてとても出来なくて、それよりもぼつぼつ歩き続けて、まだなんとなくやりたいこともあるのに途中で尻切れトンボで終わってしまいそう。 そう、途上死というやつかな、完成というものからはほど遠いもののような気がする。
 それでいいのだという声がどこかから聞こえてきそうにも思う。


◇今年は、クリニックからも思い切って提案
 そう、1年かかっても良いではないですか。「自分史」を作ってみませんか。 パソコンをやっている方はそれを武器にするのが素晴らしいでしょうし、その武器がない方には、クリニックの作成委員会が支援いたしましょう。ぜひ、話しあいの場をもちますからご希望の方はお集まり下さい。

さあ、ちょっぴりながら 今年もチャレンジをやってみるぞ!!

 

| INDEX |
Top

だいとうクリニック