だいとう循環器クリニック

花みずき


「ヘルパーさんに助けられて〜在宅介護6か月」

  姫路市西蒲田 森さん

母と娘
 私は82才の母を在宅で介護をしている娘。
母は大阪で生まれ、55才で父を亡くしてから大阪、奈良でひとり暮らしをしていた。その間、8年を私の家族といっしょに暮らしたが 私たちの転勤などもあり、母は元気な間は独居の希望であった。
 が、足が弱り、昨年(平成14年)3月、2人姉妹の長女の私のもと(姫路)に来た。妹は富山県の商家に嫁いでいる。
 母は心臓にペースメーカーを装着し、体重は30キロ足らず、頭はしっかりしており、父の遺族年金があり経済的には自立している。 私は会社の独身寮の住み込みの寮母をしており、母は道路をはさんだ寮の裏の家(スープの冷めない近さ) を借りて住んでいる。
 母は姫路に来た時からすり足でよちよち歩いており、週2回掃除、洗濯などにへルパーさんに来てもらっていた。
 秋頃から転ぶようになり、卜イレや浴室などに手すりをつけ、入浴介助もへルパーさんに頼み、週1日リハビリにデイケアにも行き始めた。
 が、今年のお正月あけの8日、自力で立てなくなり歩けなくなった。

本当の在宅介護が始まった
 ケアマネジャーが介護保険の認定変更の申請をし、母は要介護1から要介護4一挙に出世? し、排泄や身の回りの世話や立ち上がりの介助などの介護サービスが受けられることになった。 容体が安定した3月から現在、月曜から金曜日までの朝とタ方、食事や排泄の世話に1時間づつ。 月曜日と金曜日は、掃除や洗濯やシャワー浴介助にプラス1時間半。土曜日は私が介護休み(介護と 仕事を休むということ)のため、朝、昼、タ3回、各1時間づつ。以上を5人のへルパーさんが担当する。 その他(平日の昼、早朝、就寝と日曜日)は私が担当し、母の暮らしが成り立っている。
 4月からは休んでいたデイケアも再開し、母が強く希望する歩行へのリハビリも始まった。(6月からは週2日に増やす) また、1か月1度の大頭先生の往診、看護師や薬剤師の訪問は身体の具合を心配する母に安心と励ましを与えている。毎日のように話し相手や見守りに訪ねてくれる隣人も母の気持ちをやわらげている。
 多くの人たちが母の介護生活を支えている。

へルパーさんと二人三脚
 私は寮母の仕事で生計を立てているから職を辞められない。特別養護老人ホームなどの施設 は空き待ちの大勢の待機者がいて、何年も待つ現状では問に合わない。
 仕事を続けながら介護をするためにはへルパーさんの助けは私には不可欠であり、すべてを介護保険でまかなえない がなんとか仕事と介護が両立できている。へルパー派遣はありがたい。
 しかし、休み無しで介護をして2か月で私は体調を崩した。衣、食、住という1日も休めない、生きるための必要不可欠な営みを支える介護は肉体的にきつい労働である。最近、私に腰痛がでてきた。また、いつも追いかけられてい るような重圧感があり、気持ちにゆとりがない。容体も変化し、そのたびに介護の方法も変わりとまどう事も多く、息づく間がないストレスを感じる。
 介護は大変だ。 へルパーさんがいなければ私はとうに参ってしまっていただろう。週1日(土曜日)の介護休みは身体も休まるし、 気持ちも解放されうれしい。ヘルパーさんに任せている安堵もある。介護専門職のへルパーさんから介護技術を教わり、 経験によるアドバイスを受けられることは母にとっては、より良い介護を受けられ、私はより良い介護ができる。
 また、へルパーさんによる1対1の在宅介護は母の状態に合わせたきめの細かい介護ができ、本当の寝たきりにしない、少しでも寝たきりを 遅らせる介護や歩行への準備を取り入れた介護をお願いしている。

 
| INDEX | NEXT |
Top


だいとうクリニック