だいとう循環器クリニック

花みずき


主人を看取って

姫路市東雲町  山口さん


 
昨年の8月、40年余を共に暮らした主人を見送りました。13年の秋に突然、脳梗塞で倒れました。
主人が60才の定年と同時に二人だけで姫路に帰って来ました。それから13年。私は関西が初めてでしたので、時には青春キップなども利用して、四国、中国地方、北陸などへも旅をいたしました。二人きりの多くの思い出ができました。
 しかし、思いもかけず救急車で日赤に運ばれた時は、もう駄目かと思いました。何日間か意識がなかったのです。その時、私はマッサージと、呼びかけをすることを思い立ちました。「あなた、起きて。起きて下さい。」と声をかけながら、足の裏、指など絶え間なくマッサージをくり返しました。くり返すうちに顔の皮膚が生気をおびてくるのを感じました。それから、マッサージは最期の日まで続けました。
 主人の姉が、11年7月に肺がんで大頭先生に、在宅で最期を見て頂きました。その時は、まだ介護保険はなく、ヘルパーさんに住み込んで頂きました。その折、家で最期を迎えるという経験が、この度の主人を在宅で介護する事への大きな安心感と希望を持たせて頂きました。そして、介護保険の充実。これに加えて、息子夫婦(主人が倒れてから来てくれました。)家族が助けてくれるのは、有り難いことでした。多くのかかわって下さった医師、看護師、理学療法士、いつも共にあって励まし、苦しみを分かち合って下さった友人達(教会)。いつも主人のいやし(・・・)と家族の平安(・・)を祈って下さっていた何人もの牧師方。これらの多くの方々の支えがなかったなら、2年間を乗り切ることは出来なかったと思います。

 一人の人の人生の最期を迎えるということは、大きな事業なのだとつくづく思いました。与えられた40年余の時を思うと、心に刻まれた多くの悲しみの時、忍耐の時、喜びの時など共に過ごした時の長さが、今思うと私の悲しみを乗り越える大きな力となっています。これから先どの位残りの人生があるとしても、40年という年月を重ねることは出来ません。ですから、二人で過ごした40年という時の重みを貴重なものとして、大切に温め続けて行きたいと思います。
「愛」という思いや行為も、学ばなければ身に付かないのだと、教えられたことがあります。まさに、主人の在宅介護は私達家族にとって「愛」することの多くの意味と行為を教えて頂いた貴重な経験だったと思います。しかし、人間は弱い者ですからこれらの貴重な経験を感謝しながらも、ちょっとした小さな事からも突然涙が止まらなくなる時があります。桜を見れば、この美しい花を二人で見ることは二度と出来ないのだと、さらに悲しみは深まります。又、多くの後悔と、反省をくり返すことも多々あります。悲しみを乗り越えるグリーフワークが必要だとつくづく思います。これらの時を乗り越える力は、友人達や家族との交わりをしながら次第に薄められて行くのかなと思います。
 この度の主人の在宅介護を思う時、最も大きな力となって下さった大頭先生、クリニックのスタッフの方々、ヘルパーステーションの方々、お一人お一人との出会いと励ましに、心より深く感謝申し上げます。皆様方のお働きの上にますます、お力が増し加えられますようにとお祈り申し上げます。ありがとうございました。

2004年 5月

山口さんのご主人は脳梗塞の後遺症として呼吸器感染が続き、気管切開を受けていました。長い病院生活の後に在宅での介護が2年間に及びました。
その間、手を握って話しかけ、音楽を一緒に聴き、手足のマッサージを続けておられました。深夜も2時間毎に起き出して気管孔からの吸引をしてあげる毎日でしたね。私達に対してもにっこり笑って手を上げてあいさつを返して下さる山口氏でした。   大頭 

               

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