病歴カードの作成
「病歴カード」に寄せて  小原さん

 指折れば、私が大頭先生にお世話になり始めてからもう十年以上が経ちます。 この間、病気や健康上のことで大変お世話になりましたが、それだけではなく、先生からは色々貴重なご教示を頂いたものです。それは有効な時間の使い方と そのために必要な合理性であり、ひいては豊かな人生の生き方までもご自身をもって教わった気がします。
 また、先生のご専門における高邁な知識と技術は、私たち患者にとって最小限の苦痛で最大の治療効果がもたらされる結果となり、私は素晴らしいホームドクターに恵まれたことを感謝しています。

 初めの数年間は、一般内科の患者としてお世話になっていましたが、平成7年5月(63歳)のある日、大阪で夕方から開かれるピアノリサイタルに出かける電車内でのことでした。
急に胸が締め付けられるような痛みに襲われ、目の前が黄色くなって、強度の脳貧血になったように気分が悪くなり、倒れて頭を打ってはいけないと思い、座席の背もたれに掴まってしゃがんだのまでは覚えているのですが、そのまま意識を失い、気が付いたのは大阪駅のプラットホームに寝かされて、駅員に肩をたたかれ、声を掛けられている時でした。
 このとき、自分で脈をとってみると、私の心臓は、辛うじてとぎれとぎれに脈打っているといった状態でした。
 救急車のお世話になって、循環器専門病院に運ばれ、心筋梗塞であることを告げられました。このとき、私の血圧は46mmHg、脈拍数は38/分まで落ち込んでいたそうです。直ちにPTCA(冠状動脈血管拡張術)を施行してもらいましたが、施術中、カテーテルが心臓に達した途端に心臓が停止してしまいました。いくら心臓マッサージをしても戻らず、カテーテルを通じてのアドレナリン注射(?)でやっと鼓動を打ち始め、それまで冷水につけられたように冷たかった身体が急に汗ばむほど温かくなったことを覚えています。
 あとで主治医の先生から「もし、他の病院を経由するなどで、当院への到着があと30分も遅れていたら手の施しようがなかったでしょう。ほんとにギリギリの状態でした」と言われました。
まさに九死に一生を得て大阪の病院を退院して以来、私は、正真正銘「だいとう循環器クリニック」の患者になったわけです。
 丁度その頃、待合室の掲示板に「あなたも病歴カードを作りませんか」と掲示されているのを見て、前からこれは必要だと思っていましたし、心筋梗塞という急病を経験していましたので、早速「病歴カード」を作りました。

  それから2年が経った真夏の暑い日、今度は自宅で2度目の心臓発作に襲われました。心臓発作を起こしますと、何とも言えぬ不安感が暗雲のように頭の中を渦巻くものです。この時も救急車のお世話になりましたが、救急車のサイレンが近付き、車の止まった気配がし、救急隊員が担架をもって入って来てくれると、その頼もしい姿は地獄で仏に会ったようにありがたいものです。救急隊員が「どうされましたか」と聞いてくれるので、ただ一言「心臓が苦しいのです」と告げ、用意していた「病歴カード」を渡しますと、さっと目を通し、「分かりました。もう何もおっしゃらずに安静にしていて下さい。ただ希望の病院があれば聞かせておいて下さい」と、後は非常に迅速且つ的確に対応してくれ、病院へ着いた時も医師にこのカードを手渡してくれました。
 このときは、20日間入院しました。入院中、院長先生の回診があったとき、院長先生が黙ってじっと読んでおられるのを見ると、それはカルテに張ってあった私の「病歴カード」でした。このカードについて主治医の先生は持に何も言われなかったけれど、ちゃんとカルテに貼って下さっていたんだナと嬉しく思いました。

  また、この「病歴カード」を親しい友人の医師に見せたところ、「う―ん、これはいい。患者にとっても医師にとっても大いに助かる。患者は、過去の病気やアレルギーについて聞かれて思い出すのに苦労しなくてよいし、医師にとっても初診時に聞いておきたいことがよく整理されて書かれているから一目で分かるので、大変都合がいい。特に急病というとっさの場合には、患者は冷静に自分の思いを医師に伝えることが難しいし、あれも言っておけばよかったと後で気が付いたりするものだから、平常時に、よく整理した病歴カードを作っておくことは必要なことだ。僕も自分用に作っておきたいので、見本に一部くれないか」と激賞していました。
 続いて、彼は「病歴カード」の中の「私の希望」欄で私が書いている、
(2)重症な病気のため、回復困難な場合は、尊厳死を考慮して下さい。
(3)重い病気のため、回復できない場合は、延命治療はしないで痛みのコントロ―ルを考慮して下さい。(痛みだけは最大限とって下さい。)
という項について、「これは非常に大切なことだ。大変参考になる。僕もこの項目は是非入れておきたいと思う」と言っていました。
 私の場合、「病歴カード」を作っていたことは、このように大いに役立ちましたし、これを作るのを契機に、自分の病歴を落ち着いて整理できたこともよかったと思います。今では「病歴力―ド」は、常に健康保険証にはさみ、家族にも渡しています。
 また、病院に行くと、初診の場合には、たいてい問診票を書かされますが、そんな時にも「病歴カード」を持っていれば、思い出すのに苦労しなくてすみます。
 特に心筋梗塞のように突発的で、迅速な対応が生死を分けることがあることを実体験した私は、他の方々にも平常時にご自分の「病歴カード」を作っておかれることをお勧めしたいと思います。

  終わりに、「病歴カード」からは外れますが、私は、大頭先生が、ある健康雑誌上で<がんで死ぬのも悪くない>という一見逆説的なテーマで、非常に興味深い内容のお話をなさっているのを拝見したことがあります。
 多くのご経験の上に立った先生の条理を尽くしたお話の内容もさることながら、特に強烈に印象に残っているのは、その対談の最後に「私は一人でも多くの死亡診断書を書くのが目標です。それだけ多くの患者さんに信頼してもらって、死をまかせてもらえた、ということは医者として最高の勲章だと思っています」という先生のお言葉でした。
 私は、このような先生にこそ私の人生の最期を託し、看取って頂きたいものだと常々考えています。